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東京地方裁判所 昭和29年(ヨ)4015号 決定

申請人 宮本金蔵 外一名

被申請人 国際自動車株式会社

主文

被申請人が申請人等に対して昭和二十九年三月十三日附でなした解雇の意思表示の効力を停止する。

申請費用は被申請人の負担とする。

(注、無保証)

理由

第一、当事者双方の申立

申請人等は主文第一項と同旨の裁判を、被申請人は申請却下の裁判を求めた。

第二、当事者間に争のない事実

被申請会社(以下単に会社と称す)がタクシー、ハイヤーによる旅客の運送、観光等の事業を営むものであり、その従業員は以前から国際自動車労働組合(以下単に組合と称す)を結成していたもので、申請人等はその従業員で組合員であつたが、会社は昭和二十八年十二月十五日午後九時頃申請人等が会社の日本橋営業所において従業員である館野正治を殴打暴行したとの理由により就業規則第八十二条第一号に該当するものとして昭和二十九年三月十三日附懲戒解雇の意思表示をなしたこと、組合は昭和二十八年十二月以降年末手当要求のため団体交渉を重ねる内争議状態に入り同月十日以降遵法斗争と称して残業を拒否し、同月十三日午後五時以降十二時間ストライキを実施したが、同月十六日妥結に至つたこと、申請人宮本は組合の脱落者である館野がストライキに反対である趣旨の書面を携えて前記営業所に来訪した際同人に暴行を加えたこと、並に右妥結の際同月十六日会社と組合との間に今回の争議に関する限り労資双方共相互に一切の責任を問わないものとする旨の協定書(疎甲第四号証の十四)の作成されたことは何れも当事者間に争がない。

第三、被申請人が解雇事由として主張する事実(いわゆる日本橋事件)

被申請代理人は昭和二十八年十二月十五日午後九時頃組合を脱退した館野正治外二名が多数の脱退者作成名義の脱退挨拶状を携え、日本橋営業所を訪れた際申請人等を含む八、九名の組合所属の従業員と面会したが、申請人金子は同所を辞し去らうとする館野を捕えて引き倒し、申請人等は他の者と共に口々に「帰すな」「たたき殺せ」「殺してしまえ」「この位はまだ軽い方だ」「片輪にならず命があるだけいい方だ」など怒号して館野に殴る蹴るの暴行を加え、救助に急行した警察官の拳銃に手をかけこれを奪取しようとさえしたが館野は警察官の保護により危急を脱したけれども、これにより同人に全治二週間の傷害を与えたと主張する。

申請人宮本が右の際館野に対して暴行をなしたことは前記の通り同申請人の争わないところである。そして疎明によれば同日会社の従業員で山王下営業所に勤務する館野正治は、他の同所勤務従業員と協議の上、翌十六日ストに突入する旨の組合の斗争方針に反対して組合を脱退し、同所勤務員二名と共に会社の麻布営業所一同作成名義の「お知らせ」と題する「今回の労資共に出血多量なる様相を示して居りますが不幸なる争議に対しまして麻布支部一同公共事業のたてまえより御得意様に対する御迷惑をとくと熟慮し、且つ種々意見の交換を致しました結果、昭和二十八年十二月十五日午後三時支部全員の意見の統一の基に、国際自動車労動組合を脱退致しました。長い間共に働き共に斗つて参りました他支部の皆様方も私達の意とするところをお察し下さると存じます。今までの御交情厚く御礼申上げます。」と記載した書面を携え同月十五日午後九時頃日本橋営業所を訪れ、二階の乗務員控室において申請人等数名の組合員に対して右書面を交付し、辞去しようとしたところ、申請人宮本は館野を引き止めたが、申請人両名は同室の組合員八、九名と共に右記載の趣旨がストに反対し組合を脱落するものであることを知るや憤激の余り口々に「この野郎」「馬鹿野郎」と叫びながら館野を引き倒し、数分間同人の頭部、胴体を殴打又は足蹴にしている内同人は折よく現場に来合せた服部同営業所長に助けられ、漸くその場を逃れることができたけれども右暴行により倒れた際に受けた胸部打撲傷と後頭部打撲傷のため治療三週間を要する傷害を受けたことが認められる。

右認定に反する疎明は採用しない、なお疎明によれば右暴行の直後館野は帰途更に右営業所の外部で同所従業員から引き続き暴行を受けたことが認められるけれども申請人等がその暴行に加わつていたこと及び右暴行が申請人等と右営業所の従業員との共謀に出たものであることを認むべき疎明はない。

第四、前記協定書による合意の効力と日本橋事件との関係

会社と組合とが翌十六日協定書(疎甲第四号証の十四)を作成し争議を妥結させたことは前記の通りであつて、その記載によれば、会社と組合は今回の争議に関する限り相互に一切の責任を問わない旨合意したことが認められ、この協定は労働協約であること明らかであるので、組合員個人に対してその効力を及ぼすものと解すべきである。

ところで、右合意の効力は会社と組合との間の争議に関する責任例えば会社が組合の不法行為又は債務不履行による損害賠償責任を追及しない旨の効力を有すること勿論であるが、別段の意思表示又は特段の事情の認むべきもののない限り、会社は争議に関する限り組合員個人の責任をも追及しない旨の合意を含むものと解するのが相当である。而してここにいう争議に関する限りとは組合員のなした違法の争議行為そのものに限られず苟も争議に関係する限り必ずしも争議行為中に限ることなく争議と因果関係を有し且つ現在わが国における労働常識上争議と関連して発生するであろうことが通例の事態として予測され得る性質の不法行為ないしは債務不履行をも包含するものと解すべきであり、またこのように解するのが通常の場合当事者の真意に合致するものと考える。

それ故従業員たる組合員のこの種の不法行為が就業規則に違反し懲戒事由に該当する場合でも、会社は右の合意の効果として、その責任を追及することができないものというべく、その不追及の合意は単に債務を負うに止まらず懲戒解雇権の制限に外ならないものであるから、右の協約に違反した責任追及即ち解雇の意思表示は無効といわざるを得ない。

この見地から本件を考察するに疎明によれば、会社側は前記協定の締結日の前夜、詳細な内容に及んでいないけれども、日本橋営業所において組合員たる従業員の暴行事件の発生したことの報告を受けたことが認められるので、右協定締結の際会社は組合員が争議について暴行事件を惹起したことを承知していたものであるが、疎明によれば右協定成立の直前争議責任の追及について労資間に論議が重ねられたのに拘らず日本橋事件について会社は何等の意思表示をなさずもとよりこれを除外する旨の留保をなさずして一切の責任を問はない旨快諾したことが認められ、その他日本橋事件について別段の意思表示のなされたことを認むべき疎明はない。

被申請代理人は組合側は年末手当金の要求について会社との交渉が進展しないため十二月十日以後遵法斗争と称して労資協定の二時間の残業を拒否し組合独自の勤務配車割(ダイヤ)を編成し会社の業務命令を排除して違法の業務管理をなしその他組合幹部の違法の業務命令により会社の業務を妨害したので会社は組合幹部の責任を追及するとの方針を堅持し屡々組合にその旨警告していたのであるが、同月十六日の争議の最終段階における団体交渉の席上手当金の問題が妥結点に到達した際組合側から争議に関する組合側の責任免除の要求がなされたので、会社は組合又は組合指導者の法的責任はこれを不問とすることに態度を改め、これを組合に示したところ、法的責任の免除では道義的責任が残ることになり論議がここに集中されたが、組合側の要望により結局会社はこれを容れ法的と道義的責任とを含めて一切という意味で一切の責任を問わない旨の用語を使用したものであるから、合意の内容は組合又は組合の幹部に対してのみ会社は争議行為上の責任を不問にすることに限られるものであつて、本件の不法行為は右の合意に含まれないと主張するけれども、責任免除の点について右協定成立の際の団体交渉の席上会社側から組合又は組合幹部のみについての法的責任を不問にする旨の発言のなされたことを認むべき疎明はないし、また組合側において一切の責任とは法的及び道義的責任を含めた趣旨であり、その責任を免除される者は組合の幹部に限られるものであることを諒知して協定を締結したとの事実を認むべき疎明もない。更に会社側が組合の業務管理に対して違法争議である故に組合幹部の責任を問う旨強く警告していたので、責任免除の協定はこの点に重点が注がれていたとの事実は疎明によつて推知できるけれどもこのことをもつて右協定によつて免責される者が組合の幹部に限らるべき特段の事由とするに足らず、その他に右協定による免責者が組合の幹部に限らるべき特別の事情は見当らない。

次に日本橋事件と争議との関連性を検討する。

疎明によれば、日本橋営業所においては、申請人等組合員一同は十二月十六日にストに突入する旨の組合の斗争方針に従つていたことが認められるから、その前夜前記の通り館野が同営業所を訪問した際申請人等組合員は明日のストを控え異常の緊張状態に置かれていることは推察するに難くないたところであるが、館野の提出した前記書面を見て、同人がストから脱落し、更にスト切崩しの運動のために来訪したものと早合点し甚しく憤激したことは無理からぬところであつて、一時の興奮と群衆心理に駆られ暴行の挙に出るに至つたものというべきであるので、右事件が争議と密接な関連を有し争議がなければ発生しなかつたであろうことは想像に難くない。

しかしながら暴力の行使は団体行動権の範囲外であること勿論であり争議の脱落者に対しても許容されるものでないことは、いうまでもないところであるから厳にこれを戒めなければならないけれども、遺憾ながらわが国における現在の労働常識としては争議行為中又は争議に接着して、この種の不法行為の発生は通例の事態と考えられているものというべく、これを以つて当事者の予期しない異例に属する事態であると論じ去ることはできない。即ち本件の暴行は争議と関連して通常の事態において発生することが容易に予測され得る性質の不法行為といわざるを得ないのである。

第五、結語

日本橋事件に見るような不法行為は労資双方が争議妥結に際して争議に関する一切の責任不追及の協定を締結した場合には、たとい当事者双方がその当時事件の内容を熟知せず且つ具体的に論議の対象とならなかつたにしても争議に関して組合員のなした一般的な不法行為として、これを責任追及の対象としない旨の合意の内容に包含されるものと判断するのが相当である。

してみれば被申請人が申請人等の右不法行為の責任を追及し懲戒解雇の挙に出たのは不当であつて、無効の解雇というの外ないから申請人等が被申請会社の従業員たる地位を無視されることによつて著しい損害を被るべきことは推知するに難くない。

よつてその地位を保全し右損害を避ける必要あるものというべきであるので、本件仮処分申請を理由ありと認め、民事訴訟法第八十九条に則り主文の通り決定する。

(裁判官 西川美数 綿引末男 高橋正憲)

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